人類が所有という概念を持って以来、大切なものを守るために存在し続けてきた「鍵」。その数千年にわたる歴史は、長らく物理的な形状と機構の進化の歴史でした。しかし、二十世紀後半、エレクトロニクス技術の登場により、鍵はその歴史上、最も大きな革命の時を迎えます。それが「電子キー」の誕生です。電子キーの歩みは、1970年代に、主にホテルで導入され始めたパンチカード式や磁気ストライプ式のカードキーから始まりました。これは、鍵という媒体に「情報」を記録し、それを読み取ることで認証を行うという、画期的な発想の転換でした。これにより、紛失時の無効化や、部屋ごとのアクセス権限の管理が容易になり、大規模な施設のセキュリティ管理に革命をもたらしました。次に大きな波が訪れたのは、自動車業界でした。1990年代に入ると、赤外線や微弱な電波を使った「リモコンキー」が普及し始めます。離れた場所からドアの施錠・解錠ができるという利便性は、多くの人々に歓迎されました。そして2000年代、キーと車両が双方向で通信を行う「スマートキー」が登場し、キーを身につけていればドアノブに触れるだけで解錠できるという、魔法のような体験が現実のものとなります。そして現在、私たちは第三の革命の真っ只中にいます。その主役は、私たちのポケットに必ず入っている「スマートフォン」です。スマートフォンとBluetoothで連携する「スマートロック」は、家の鍵という、最も保守的だった領域にまで電子化の波をもたらしました。もはや、鍵は特定のデバイスである必要すらないのです。では、この先の未来、鍵はどのような姿になっていくのでしょうか。おそらく、指紋や顔、虹彩といった「生体認証」が、より一般的になっていくでしょう。自分自身の身体そのものが鍵となるため、紛失や盗難のリスクは原理的に存在しません。さらに先には、ウェアラブルデバイスや、さらには体内に埋め込まれたチップが、鍵の役割を果たす時代が来るかもしれません。鍵という「モノ」が消え、個人を認証する「情報」へと完全に置き換わっていく。電子キーの進化の旅は、まだ始まったばかりなのです。