「合鍵から合鍵を作ると精度が落ちる」という事実は、鍵業界では常識です。しかし、なぜそのようなことが起こるのでしょうか。その謎を解く鍵は、鍵を複製する「キーマシン」の仕組みと、「誤差の蓄積」という物理的な現象にあります。鍵の複製に使われる一般的なキーマシンは、非常にアナログな仕組みで動いています。マシンには、元となる鍵（マスターキー）を固定するバイスと、削る前の鍵（ブランクキー）を固定するバイスが並んで設置されています。そして、マスターキーの形状をなぞるための「ガイド」と、ブランクキーを削るための「カッター（刃）」が、連動して動くようになっています。作業者は、回転するカッターにブランクキーを当てながら、ガイドでマスターキーの山や谷を丁寧になぞっていきます。すると、ガイドの動きと全く同じようにカッターが動き、ブランクキーがマスターキーと同じ形状に削り出されていくのです。この仕組みは、非常に合理的ですが、避けられない弱点を抱えています。それは、どんなに精密なマシンであっても、また、どんなに熟練した職人が作業しても、必ずミクロン単位の「誤差」が生じるという点です。ガイドやカッターのわずかな摩耗、バイスの固定の甘さ、削る際の圧力の不均一さなど、様々な要因が重なり合い、純正キーから最初の合鍵（コピー1号）が作られる段階で、ごくわずかな形状のずれが生まれます。問題は、そのコピー1号をマスターキーとして、次の合鍵（コピー2号）を作ろうとする時です。キーマシンは、コピー1号の形状を「正」として認識し、それをなぞります。つまり、コピー2号は、コピー1号が元々持っていた誤差を完全に引き継いでしまうのです。そして、その上で、2回目の複製作業に伴う新たな誤差がさらに上乗せされます。これが「誤差の蓄積」です。鍵と鍵穴の内部は、コンマ数ミリの精度で無数のピンが噛み合う、極めて精密な世界です。たった一度のコピーで生じる誤差は許容範囲内でも、二度、三度とコピーを重ねることで蓄積された誤差は、もはや無視できないレベルに達し、鍵としての正常な機能を妨げ始めます。特に、ディンプルキーのような三次元的な複雑な加工が施された鍵では、この誤差の蓄積がより顕著に現れます。これが、合鍵から合鍵を作るべきではない、技術的な、そして動かぬ証拠なのです。