あれは凍てつくような一月の夜のことでした。仕事で疲れ果てて帰宅した私は、玄関のオートロックのドアがカチリと音を立てて閉まった瞬間に、背筋が凍るような違和感に襲われました。ポケットを探っても、カバンをひっくり返しても、あるはずの鍵とスマートフォンが見当たりません。どうやら暗い廊下で荷物を整理した際、あるいは車の中に置き忘れたまま、手ぶらで家に入り、そのまま数秒だけ廊下へ出た隙にドアが自動でロックされてしまったのです。現代のスマートな生活を支えてくれるはずのオートロックが、その瞬間、私を冷徹に拒む鉄の壁へと変貌しました。 玄関の前で立ち尽くし、扉を叩いても当然ながら応答はありません。一人暮らしの身にとって、鍵と通信手段を同時に失うということは、社会との繋がりを絶たれたに等しい絶望感を意味します。薄着のまま震えながら、私は隣人のチャイムを鳴らそうかと迷いましたが、深夜に不審者と思われる恐怖が勝り、結局は一階の共用部にある管理人室を目指しました。しかし管理人室は既に閉まっており、警備会社への緊急連絡先が書かれた看板だけが冷たく光っていました。時計は午前二時を回っており、気温は氷点下に達しようとしていました。自販機の明かりだけが頼りの暗闇の中で、私は自分の不注意を激しく呪いました。 結局、私は徒歩二十分ほどの場所にある交番へ向かい、そこから鍵の専門業者を呼んでもらいました。警察官の落ち着いた対応に少しだけ救われましたが、業者が到着するまでの一時間は永遠のように感じられました。ようやく現れた作業員の方は、私の身分証明書を確認した後、特殊な工具を使って解錠を試みてくれました。最近のオートロックのドアは防犯性能が高いため、鍵穴からのピッキングは不可能で、ドアスコープから内部のつまみを操作する高度な手法が採られました。カチャリという音と共に扉が開いたとき、部屋から漏れ出してきた暖かい空気に、私は涙が出そうになりました。 この一件で支払った授業料は、深夜の出張費と技術料を合わせて数万円にのぼりました。しかし、金銭的な損失以上に、便利さに依存しすぎることの脆さを痛感しました。オートロックのドアは確かに閉め忘れを防いでくれますが、それはあくまで鍵を持っていることが前提の安全です。事件の後、私はすぐに指紋認証付きのモデルに交換し、たとえ全財産を失っても自分の指一つで家に入れる体制を整えました。また、玄関の外に設置した目立たないキーボックスに、物理的な非常鍵を一本隠すようにしました。あの夜の冷たさと孤独感は、私の防犯意識を根本から変える強烈な教訓となりました。
オートロックのドアに閉め出された夜の絶望的な記憶